本書は、著者ハロルド・スピードの絵画に対する考え方が色濃く出た素描の技法書です。索引も入れて296ページ、21の章から成り、93の図版が付いています。初版は1913年ロンドンのSeeley, Service & Co.から刊行、この出版社から第4版まで刊行されているようです。初版はコーネル大学図書館の蔵書から、第2版、第4版はカリフォルニア大学の蔵書からそれぞれデジタル化されたものを"Internet Archive" のサイトで見ることができます。現在は、1917年に出版された第3版をもとにしてニューヨークのDover Publications社から1972年に再刊されたものが販売されています。プロジェクト・グーテンベルクで公開されているのは、初版をデジタル化したものと思われます。版による内容の大きな違いはなく、誤りの訂正が主なものです。
本書のタイトルをそのまま訳すと『素描の実践と科学』とでもなるのでしょうか。このタイトルは著者自身によるものなのか分かりませんが、「科学」とは、光学や色彩理論を援用した説明などを指しているように思われます。この「科学」的説明も含め、実践の話しではない理論的な記述部分を「論理」とし、このブログでは、タイトルを仮に『素描 実技と論理』としたいと思います。
著者は素描を線による素描と、マッス(量塊mass)による素描の二面から考察しています。「実技」についてもこれに従い二つに区分し、マッスによる素描の練習に、学生に課すのは初めてのことであるとして、筆を用いた単色の素描を勧めています。さらに、機械的素描にはないもの、素描に生命を与えるものとして「あそび(dither:可動部分のわずかな隙間)」という概念を用い、教えることはできないが、教育の場でも意識する必要があると述べています。また、芸術の本質はリズム(rhythm:律動)にあるとし、実に本書の三分の一、七つの章をこの説明にあてています。
本書の中で、ウィリアム・ブレイク、ジョージ・フレデリック・ワッツ、エドワード・バーン=ジョーンズの作品をとり上げ、線を意識した画面の構成と統一の説明をしています。この記述を読み、私は19世紀イギリスの画家たちに改めて興味をそそられました。またイギリスの彫刻家アルフレッド・スティーヴンズの名と作品を本書で初めて知りました。記述にはどれも敬意と愛着が感じられます。本書は、読む人ごとに異なった関心を引くのではないでしょうか。
なお、著者には、本書の姉妹編とも言うべき油絵の技法書 "Oil Painting Techniques and Materials"(Dover Publications 初版は"The Science & Practice of Oil Painting"というタイトルで1924年に刊行) があります。この中で著者は現代美術の章を設け、ロジャー・フライの”Vision and Design"を俎上に載せ、ルオーやピカソを引き合いにして当時の美術の流れに懐疑的な考えを述べています。また、全体を通して随所でベラスケス、レンブラント、フェルメールなどの作品を例にとりながら話を進めています。こちらも興味深い一冊であると思います。
翻訳ありがとうございます。お疲れ様です。
返信削除こちらの本はまだ日本語訳の本が出版されていないので、大変助かりました。
序章の日本語訳を読ませていただきましたが、大変な良書で、先を読み進めるのが楽しみです。英語は中級なので、私の英語力では翻訳が難しい箇所が多々あったので、このように日本語訳をインターネットで翻訳を掲載していただいて、うれしいです。
コメントありがとうございます。
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